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2016.06.20 四十九日
昨日、日曜日にTRESの四十九日の法要を済ませました
本当は22日ですが

自宅にあったTRESの遺骨、どうするのが良いのか迷っていたのですが、納骨堂に預けてきました

とはいえ、火葬の際にカプセルキーホルダーに分骨していただいたので、小さな小さなTRESはこれからも側にいてくれます

遺骨をどうするか、については、いろんな方法があり、“これが正しい”というものはなく、調べるほどに答えが遠のいていました

なので私がしたいようにするのが、1番の供養というように解釈した結果です



四十九日を迎えるまでに、生活に変化が

1番大きな変化は、働き始めたことです

娘の通う幼稚園の先生は、家庭訪問のときや、散歩で幼稚園の近くへ行ったときに、TRESをかわいがってくれていました

病気がわかってからも、TRESの容態を気にかけてくれて

そしてTRESがこの世を去り、『1人で家にいる時間がツライなぁー』なんて話していたら、『それなら、うちの幼稚園で働けばいいよ』と、その日のうちに園長先生にお話ししていただき・・・

6月から給食の調理員としてパート勤めを始めました
調理師免許が役立ちました‼︎

これも、TRESが繋いでくれた縁、ありがたいです

家にこもってばかりではダメだよ、とTRESが背中を押してくれたように思います

給食室には子どもたちの元気な声が聞こえてきて、明るい気持ちになれます




骨壷を置いていた場所がポッカリとあいてしまいました・・・

お気に入りの写真を選ぼうとちょこちょこPCに向かってはいましたが、まだTRESが5歳のときまでしか進んでいません

とりあえず、そこまでの中から選びました

ハガキサイズがぴったりなのに、L判の写真紙しかなかった・・・

でもとりあえずプリントしました



空港まで迎えに行った、初対面のときのTRES

凛々しい立姿のTRES

自分のベッドから優しい眼差しを向けるTRES

そして、娘の1歳の記念に手・足型をとったとき、一緒にとったTRESが3歳のときの脚型
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TRESの死から1カ月以上が経っています

本日、主人が帰ってきました




前回帰ってきたのが4月16日

その時だって、深夜に帰宅し、翌日の昼過ぎには出かけていくという慌ただしさ

タイヤの調子が悪いからと、タイヤ交換が目的でした

私と娘も手伝うわけでもないのに、ガレージにいました

TRESも来るかな?と、リビングのドア、ガレージへとつながるドアを開けておいたら、案の定TRESはガレージに来ました

そして、主人が作業している間ずっと側で伏せていました

主人にとっては最後にTRESと過ごした日ですね・・・




主人は薄情に思えるくらい、すんなりとTRESの病気を受け入れました

たまの電話でTRESの状態を伝えても、声のトーンが変わることもありませんでした

TRESが逝ってしまったことを伝えたときも、動揺している様子はありませんでした

この人にとってTRESってどういう存在だったんだろう⁈と、思ってしまったのが正直なところです




が、さっき話していたら

『次に飼うなら、やっぱりドーベルマンがいいな』

と、主人が言いました

その言葉こそが、主人のTRESへの思い、ということですかね




次のコを、なんて事を具体的に話しているワケではありません

娘は来年小学生、まだまだ親の出番はあるでしょう

ほとんど家にいない主人ですので、私が娘とワンコのお世話をしなければならないのです

このタイミングで迎えては、留守番をすることが多くなるでしょうからワンコがかわいそうです




別れが訪れるならもう2度と飼いたくない、と思いつつも

いつかまたドーベルマンと暮らしたい、なんて考えたり

でも、私が暮らしたいと思っているのは“ドーベルマン”ではなく“TRES”なんでしょうね・・・



こんな画像がありました、後ろのボロボロよブラインドはトレスの仕業
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